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カナダのオンタリオ州H市よりお届けしています
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Profile
HN:
Yoshie
性別:
女性
職業:
ヴィンテージ雑貨店店主
趣味:
ヴィンテージ雑貨収集、アンティーキング、ガーデニング
自己紹介:
カナダのオンタリオ州H市在住。
だんな(夫・カナダ人)&猫2匹と暮らす。
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義父が倒れてから1カ月。
行き先の施設が決まったのが2週間前。
すぐにでも入れるはずだったのに、施設の方で何か病気が流行したので1週間見合わせ。
その1週間後にはインフルエンザの流行で見合わせ。
そしてやっと、今週の火曜日に義父は施設に入ることができた。
様子は、病院にいる時と変わらないらしい。
家に帰りたいとは言わないし、話すこと自体、言葉が見つからないからかあまりしなくなった。

火曜日に義父が施設に入ることが決まった時、同時に心配事が増えた。
続いて義母を同じ部屋に入れるわけだけれど、どうやって連れて行くか。
これまで病院を嫌って、11年前に義父が入院した時もお見舞いにさえ行かなかった義母。
その後、緑内障が悪化して片目は全く見えなくなった。
その頃から外出と言えば義父の運転する車で、義父の日課であった散歩に、高台の見晴らしのいい公園に行く程度。
それでも自分が歩くことはあまりしないで、車の中で待っていることが殆どだった。
義父が運転をしなくなってから、義母は庭に出る以外、外には出ていない。
そういう人を、連れ出すのは無理なこと。

最初は、だんなと義姉が当日に、義母に
「お父さんに会いに行こう」
と言って連れ出して置いてくるという計画だったらしいけれど、それじゃあ義母が子供たちを恨むよなぁ・・と心配だった。
持って行きたいものだってあるだろうし。
私は何も言わなかったけれど、それがすごく心配だった。
結局、義姉が、
「お父さんはもう帰ってこれないから、私設に入るんだよ。お母さんも一人でここにはいられないし、お父さんと一緒に施設に住むことになるんだよ」
と義母に伝えたらしい。

義母は、一時はそれを素直に受け入れて、
「何を持って行こうか」
と自分から言ったりしていたらしいが、やはり認知症のせいで現状を理解できない様子。
「嫌だ」
とはっきり言ったり、
「お父さんを連れ出して、連れて帰って来ちゃおうよ」
なんて子供みたいなことを言ったり。
日が進むにつれて感情がジェットコースターのようにアップダウンが激しくなり、泣いたり、怒ったり。
自分が食べていたチョコレートを残して、
「お父さんに会ったらあげるんだ」
と紙に包んで取っておいたり。

義母は今日施設に行くことになる。
昨日は実家で最後の日と言うことで、私もJ.C.もみんなで一緒に、義母の好きなフライドチキンを食べた。
私が夕飯後の後片付けをしている時、だんなが別の部屋で泣いているのが聞こえた。
堰を切ったように、声が出るほど泣いていた。
いつもは自分が泣いている義姉が慰めていたので、私は行かなかった。
なんて言ったらいいのか、わからなかったというのもある。

義母がテレビを見ていたので、隣を指差し
「ここに座っていい?」
と聞くと
「ダメ。ここは××(だんなの名前)が座るから」
と言われた時には、驚いてしまった。
普段だったら
「いいよ。お座り」
と言うはずなのに。驚いたと同時に、なんだか急に私も悲しくなってしまって
「O.K. O.K.じゃあ、××呼んで来るからね」
と言って部屋を出るしかなかった。
なんだか義母は、その日はいつも以上にだんなを呼び付けていた気がする。 
だからだんなもたまらなくなって泣いてしまったのかもしれない。

ダイニングに戻って義姉やだんなと話していると、義母が何やら喋り出し(最近は殆どドイツ語なのでなにを言っているのかわからない)、子供のように泣く声が聞こえて来て、私も堪え切れなくなって泣いてしまった。
そんな風に、誰かが泣いては誰かが慰め、涙を拭いて立ち直る。昨夜はそれの繰り返しだった。

映画「わが母の記」を見たけれど、義母はまさにあんな感じ。
子供たちやその家族をいつも気遣って、子供たちの好きなものや大事な思い出は忘れていない。

今日の朝、患者輸送車(救急車みたいな車で、患者を家から病院、病院から病院へ移す時に使われる)が来て、義姉に付き添われて義母が家を出ることになっている。
時間的には既に、もう義母は施設に行っている頃。
義父と義母、どこまでお互いをわかりあえるかわからないけれど、また一緒に暮らすことができる。






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本日の癒しは、巻き寿司。
今週は、ずっと仕事がなかったのでのんびり。
お寿司を作ろうとアボカドを買ってあったので、予定通り作ろうと思っていたら、午前中に仕事の依頼。
しかも急ぎ。
けれどもかまわず、寿司を巻く。
心が乱れているからか、イマイチ上手にできなかったけど。
さんざん「アボカドがいや」と言っていたJ.C.には、アボカド抜きのを巻いて。
後は味噌汁でも作ればいいやねー。


 


「ごちそうさん」じゃないけれど、もしかして私にできることってこういうことに限ってしまうのかもしれない。
昨夜は義父がよく作っていたケーキを焼き、今日は寿司。
今日も義父のお見舞いに行くと言うだんなにケーキを持たせ、お寿司は義母のいる実家に泊まり込んでいる義姉におすそ分け。
自分は作ることで癒され、食べてくれた人がまた癒されれば一石二鳥。


いろんなことをして、気を紛らわせたりしている今日この頃。
料理やベイキングは、ストレス解消になるので、時間ができると自然とやりたくなる。
そして、ずっと前からどうにかしたいと思っていたことに挑戦。
ピーナツバターの手作り。

北米で売られているピーナツバターは、塩気が強すぎて私は食べれない。
あれはそもそも、甘いものと一緒に組み合わせて食べるようにできているのか?
こっちの人は、パンにピーナツバターとジャムやジェリー(果実というより果汁で作ったジャムみたいなもの)を塗って食べるのが定番。
私にとっては、まず見た目がダメ。
美味しそうだと思えない。
味もダメ。
あの塩気は、どんなに甘いものを一緒に食べたってとれないもの。

いろんな国の食材や、ちょっと珍しい食べ物を売っているお店で見つけたナチュラル志向のピーナツバターも、材料には
ピーナツ、塩。
日本みたいに、甘いピーナツバターは売ってない。

去年の夏に里帰りした時、あちこち友達の家に泊めてもらったその朝ごはんに、出してもらったピーナツバター。
胡桃バターなんていうのもあったな。
どれも美味しくて、あー食べたいとずっと憧れてた。

もしかしたら家で作れるのでは?と思って検索してみたら、やっぱりできる。
某レシピサイトにもたくさんレシピが載っていた。
作り方は、簡単!
ピーナツを炒って、フードプロセッサーにかける。
なめらかになるまでガーッと。
それからお砂糖を加えて、さらにガーッ。
それだけ。


とにかくガーッと。



 
できあがり


北米ではグラニュー糖が基本なので、ちょっと砂糖のシャリ感が残ってしまったけど、ここまでできればあとは工夫次第。
はちみつ入れてもいいし。
少量のバターでお砂糖を溶かし、それを混ぜるっていうレシピもあった。

やればできるもんだ!





義父は未だに入院中。
結局、家には戻れないらしく、残念だがそのままケア施設行きとなる。
入院してからと言うもの、少しずつまた認知症の症状は重くなって来ているようだし、誰が見たって家で過ごすのは無理なのだろうと思う。
二人の認知症をみるには、たぶん誰かが住みこまなければならない。
そして、24時間体制で見ていなければならないから、1か月でものすごくお金がかかる。
保険や、老人ケアの団体、私設ケアなどを駆使してサポートすることもできなくはないが、1週間に何時間、1日に2時間までと決まっていたり、そうなると人が入れ替わり立ち替わり出入りするわけだから、本人たちも混乱するだろうし。

義父がまず施設に入り、そのあと義母も同じ施設に・・・となるようだけれど、義母がどう反応示すことやら。
睡眠薬とか鎮静剤とかあげないと、まず言うこと聞かないだろう。
義母の頭の中は割としっかりしていて、自分と繋がりある人のことは誰がどこにいると言うのも全て覚えている。
だから、私がいる時は「Jは大丈夫?一人で家にいるの?」と心配するし、義姉がいる時は義姉の夫や子供たちを心配する。
けれども、20年前に亡くなった自分の姉がまだ生きていると思ったり、3分前に言ったことは忘れ、何度も何度も同じことを繰り返し聞いたり。

機嫌の良い時は子供みたいに笑い、はしゃぎ、嫌なことも子供みたいに泣いたりわめいたりして嫌がる。
とても社交的なので、たぶん私設に入った方が楽しいのだろうと思うけれど、子供たちのことを恨むだろうな・・・・。

私は私ができるだけのことはやっているけれど、うちはたった3人家族でも普通に機能していないことが不安だったりする。
「こういう時だから言ってはいけない」とがまんしていろいろと心に貯めていたけれど、昨日はちょっと爆発してしまった。

以前の私ならば、こういう場でぶちまけて、わかる~っていうコメント貰って鬱憤を晴らせたけれども、そういうのが実際には読んだ人の気持ちを悪くさせていると気づいてから、それもできないし。
でも言えるのは、家族の問題って家族にしかわからないもの。
だから、代わってあげることはできないし、さらにどこかに必ずしわ寄せが行く。


+++++

昨日は20℃越え。
たっぷりと外に出て、庭の手入れ。
掃除をし、花壇の土を掘り起こし、エッジをきれいにして、伸びすぎたアイビーをバサバサと取り払う。
どうも、バラが2本だめになってしまったみたい。
ブリーディングハートも、デルフィニウムも、アジサイも芽を出し、後は大丈夫そう。



月曜日の午後は嵐のように風が強くて雨も降ったりしていたけれど、気温は20℃近くまであって「春の嵐」?なんて言う感じだった。
週末も暖かかったのに、今日は冬に逆戻り。
朝起きると、こんな状態。

        朝9時過ぎには止んだけれど、冬景色だよ・・・


けれども、鳥はわかってるんだね。
春が来てること。
Angieが窓のそばで、にゃっ、にゃっ、にゃっ♪と歌っていたので、鳥を見てることはわかったけれど、見上げている。
デッキに続くスライディングドアの左上に、ロビンが巣を作っていた。

             朝からせっせと巣を作っておりました


2年前だったっけ?おんなじ所にロビンが巣を作ってた。
またあの、きれいなブルーの卵を見れるのか。

++++

日曜日、義父を見舞いに病院に行ってきた。
顔色は悪くなく、少し半身を起してベッドに寝ている状態。
だんなが置いてある家族の写真を指差しても、一人も名前と顔が一致しなかったし、居るはずのない人の名前(ドイツに住む自分の兄や姉)が出てきたり、妻である義母を自分の母だと言ったり。

向かい側の壁には、それぞれの患者の為のホワイトボードがあり、そこに今日の担当の看護師が誰だとか、伝言を書き込んだりできるようになっているのだけど、右下にあるその病院の名前をなんども言っていたり(もしかしたら、今ここにいるんだよと誰かが教えたからかも)、隣の人とブランケットが違うと言うようなことを何度も言っていた。

病状を伝えた時、一度ちょっと悲しそうな顔をしたが、後はいつもの義父で、やさしそうに笑っていた。
まだ夜中の徘徊は続いているみたいだけど、注意をすると素直に聞くよい患者だということ。



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