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カナダのオンタリオ州H市よりお届けしています
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Profile
HN:
Yoshie
性別:
女性
職業:
ヴィンテージ雑貨店店主
趣味:
ヴィンテージ雑貨収集、アンティーキング、ガーデニング
自己紹介:
カナダのオンタリオ州H市在住。
だんな(夫・カナダ人)&猫2匹と暮らす。
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日本ではもう、いろんな花が咲き、緑が濃くなってきている季節だというのに。
こちらはどうしたことか、まだ春にならない。

週末は、雨、雪、みぞれ、雨氷、凍雨が強風とともに降ってくるという最悪の天気だった。
土曜の朝から何某かが降って、夕方から雪が積りだしたが、溶けながら積もるからかき氷が溶けたようなぐちゃぐちゃな状態。

日曜日もそれに続き、同じような天候。
いろんなものが降り、風も相変わらず強かった。

今日はどこへも行けないと、朝からずっとパジャマのまま。
病気の時以外、週末外に出ないなんてことないから、夜ご飯までパジャマのままっていう自分と、それに何も言わない周りの人(だんなやJ.C.)がなんだかおかしかった。

一時気温が下がって木の枝の周りが凍り付いたが、この辺りはそれでも気温がある方だったのか、やがて溶けてしまったので、停電の被害はなかったな。
何年か前のアイスストームの時は、これがひどくて木の枝や幹がバンバン折れ、落ちて電線に引っかかり・・停電があちこちであったっけ。うちも。

結局、月曜日は学校もお休み。
私はいつも通りに起きてしまったので、プールはやっているかと調べてみるとやっていたので、一応泳ぎに行ってきた。
こういう日は人が少ないだろうから、スイスイ泳げるわーと目論んで。

家の前の道は滑りやすかったけど、一たび通りに出れば除雪はされていたから運転も大丈夫。
案の定、プールはガラガラ。
1レーンに一人しかいない。私のレーンなんて2レーンくっつけたワイドレーン。そこに一人。
気持ちよかった~。
自分のペースで最初から最後まで泳げるなんて♬



ドイツのパン屋さん。
さすがドイツ、町にパン屋さんが多いこと!



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最近FBで繋がった、だんなのいとこのだんなさんからバースデイのメッセージをもらった。
早速だんなに教えたら
「僕はすでに彼とは繋がっていたけど、一度ももらったことがない!」

どうだ!うらやましいだろう♬
(だんなの場合たぶん、自分の誕生日を公開にしていないからだと思う)

+++
フレンスブルグ滞在中のホテルは、大き過ぎず小さすぎず、街へのアクセスがよくいいところだった。
ヨーロッパのホテルは高いねぇ。
最近、夏の帰省の為に日本のホテルを探しているが、日本はピンキリでチョイスがたくさんあってよい。

ホテルには朝食バッフェがついていたので、毎日しっかり食べた。
ホテルのバッフェなんて大したことないだろう・・と思っていたが、これが結構おいしくて♡

さすがドイツ。
コーヒーは美味しい
生ハム、ハム、サラミ、ソーセージなども美味しい
パンがこれまた美味しい
チーズが美味しい
パンにつけるものはジャムやバター、カッテージチーズなどいろいろあって美味しい
フルーツジュースも美味しい
トマトやキュウリがこれまた美味しい!

毎日しっかり朝ご飯を食べたから、珍しく旅行中に便㊙になることがなかったわ。



次に行った時も泊まりたい、このホテル。

Hotel am Fjord

ドイツの北端、デンマークとの国境に位置するフレンスブルグ。
フィヨルドに面して大きな港があるので、貿易港として発展していたとのこと。
義母の父も大きな貿易船を持ち、スペインの方まで荷物を運んで行き来していたらしい。

横浜や神戸を思わせる、坂のある町。
坂の上の山の手は、住宅地になっている。
港に近いダウンタウンは、商工施設が、昔のままの建物を使って立ち並ぶ。
車が行き来する大通りを除き、まだ石畳のままの通りが多い。




修理を重ねてまだ昔のままの石畳

南北に走る、かつてのメインストリート。
昔はここを馬車が行き来していたのだろうなぁ。
今は商店街。デリバリー以外の車両通行止めで、ゆっくりと街歩きできる。

古い建物がほとんど


通りに面した広場に、古い噴水があった。
てっぺんにあるのは、ネプチューンの像。


北の端にあるゲート


ショッピングストリートから外れたこの通りは、昔はいわゆる赤線。
通りに面したガラス窓の内側には娼婦がいたのだそうだ。


ここはダウンタウンのバスディポがある一番大きな交差点。




今回の旅行で撮った写真は、携帯とカメラ合わせて300枚以上!
特に携帯は手軽だから、バシャバシャ撮っちゃうから。
整理と編集を少しずつしているが、はぁ・・疲れる。。。
ブログを書きたいが、写真の方が追い付かない。

+++

今回訪れただんなの叔母さんの家は、義父が13歳頃から住んでいた家でもある。
以前は果樹やら鶏やウサギといった動物もいた広い敷地が、今ではちゃんと区画整理された住宅街で跡形もない。


叔母さんの家

以前はこの写真の左側玄関の部分はなく、写真からは見えないが、奥行きがある家なのだけど、奥行きの部分もなかったらしい。
今、1階は叔母さん夫婦、2階は叔母さんの娘夫婦が住んでいる。
10何年か前に、この写真玄関部分と奥と2階を増築。
大工である叔母さんの娘のだんなさんが仲間と作ったのだそうだ。

1階の叔母さんの家もきれいでいいけど、2階の娘たちの家もとっても雰囲気がいい。
天井には黒く塗られた梁があり、家具もアンティーク調のものが置いてあったり。


一番向こうがバルコニー。バックヤード側。



↑これは元々は古い洗濯脱水機。先々代が使っていたものらしい。
テーブルの部分を新しいものにし、飾りテーブルとして使っている。



↑これはストーブ。
これも実際に使われていたものらしい。

1階も2階も床暖房で、とっても暖かい。
「暑すぎるのよ」
と、叔母さんは窓を開けていたくらい。

家についてはとっても興味があるのでいろいろ気になった点があったが、北米と違うのは、バスルーム(トイレ)の電気のスイッチが部屋の外にあったこと。
北米は大体、バスルームの中、ドアの脇にあるのが普通。
こちらでは、バスルームを開ける前に、ドアの隣にあるスイッチを入れる。

それから、トイレのお水を流すのはボタン式。
北米はレバーが主流、我が家のはボタンだけどどちらにしてもタンクに付いている。
こちらは壁に大きめのボタンがついていて(大と小があるのが普通みたい)、流したい時はそれを押す。

トイレは床には置いていず、下水のパイプは壁の中にカーブして入っていくのが当たり前のようで、だから便座の下は何もない。
なんだか不思議な感じ。(支えがないのでちょっとこわい感じもする)

そして、日本もそうだけど北米でもトイレ掃除用のブラシは、ホルダーを床に置くのが普通。
こちらは壁にホルダーを取り付けるから、床には置かない。
お国違えば、いろいろ生活用品も違うのね。



Flensburgに到着して2日目は町を散策。
石畳、古い教会、昔そのままの建物は時々傾いたまま立っていたりする。
この町ができたころからあるショッピングストリートを歩き、お土産を探したり、パン屋のショウケースを眺めたり。

3日目は、今回の旅の目的である散骨セレモニー。
あいにくの曇り空で肌寒い日だったが、風はなく、ボートで揺れることはあまりなかった。
ボートに乗り込んだのは約20名。
ボート内には祭壇が用意されて、前もって渡しておいたお骨は、水に溶ける骨壺に収まっておかれていた。





1時間沖に進んだところで止まり、みんなでデッキに出る。
キャプテンからお悔やみの言葉があり、義姉がお別れの言葉をいい、キャプテンがゆっくりゆっくりと骨壺を海に沈める。
二つとも沈めた後に、船からは8つの鐘を鳴らし、灯台はそれに答えるように8回灯りを点滅する。
それが、
「ここから先はお願いします」
「了解。任せてください」
という意味なんだそうだ。
とってもとっても意味のあることなんだ。

そのあと、列席者がそれぞれバラの花を海に落とす。
船が進みだすから、浮かんだバラが列になって今までいた場所までの奇跡となる。
どんどん離れていく。
みんなが船の中に戻っていった後に、バラの列の一番向こうに向かって手を振った。
バイバイ、オーパ、オーマ。
そう言ってから、私も船の中に入った。

後になってだんなが
「これってとてもかわいそうじゃない?冷たい海の中に沈めるって」
と言っていたが、私はそんなことないと思う。
今までで一番素敵なお別れの儀式だと思う。
夫婦そろって、故郷に帰る。大好きだった海に戻る。
骨壺はやがて水に溶け、骨も海の水と混ざり合ってしまう。
でも、海は世界中繋がっているからね。どこにでも行ける。

夜はいとこたちがよく集まるギリシャ料理のレストランで、来れる人がみんな集まって飲んで食べた。
よく食べ、よく飲み、よく喋った。
英語ができる人が少なかったので、私とJ.C.の前にはいとこの一人サヴィーナの息子トーマスが座り、なんだかいろいろ喋ったなぁ・・。
特にJ.C.とトーマスは映画のこととか音楽のこととか話が弾んでた。

ギリシャのスピリッツ「ウーゾ」が時々一人一人にショットグラスで運ばれ、乾杯をして一気飲み。
サヴィーナはすっかり日本語の「乾杯」を覚えて、グラスを上げて「カンパーイ!」と言っていた。彼女は英語が何とか出来るので、わからないドイツ語が飛び交う中で私とJ.C.の為に通訳もしてくれた。

この旅が始まる前、だんなはすごく心配だったらしい。
いとこや叔母さんに最後に会ったのは35年も前。
こんなに久しぶりに会う自分たちに、
みんなどう接してくれるんだろう?好きにやってくれーと放っておかれるのかな?
そんなネガティブな考えしかなかったみたいだ。
全くの取り越し苦労だったみたいだ。
みんながみんな、明るくて楽しくて優しくて。
私にとっては遠い親戚だけれども、この人たちと繋がれてうれしかった。


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