先週中ごろから風邪をひき、一人咳に苦しんでいた私。
週末にはなんとか復活。
久しぶりに髪も短めにカットし、あー楽ちん♪
スイミングキャップをかぶる時、これ以上長くなったら入りきらないっていうくらいだったし、とにかく洗うのも大変。
私の髪、相当量が多いようで、乾きも遅いしスイミングに行く度に一苦労。
これでもう大丈夫。
夏の暑さにも耐えられる。
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ロビンのヒナはすくすく育ち、月曜日の朝巣を見てみると、なんだか急に大きくなったみたい。
頭のてっぺんの産毛がふわふわした感じがなくなって、一層大人に近づいてきた。
3羽でしゃきっと同じ方向を見ていた
この日はカナダの休日、ヴィクトリアデイ。
天気もよかったので、ナイアガラまでドライブ。
アウトレットモールに行き、滝を見て、オン・ザ・レイクに少しだけ立ち寄った後、バラ専門のナーサリーに行ってバラを2株買った。
厳しかった冬のせいで、庭のバラが2本だめになってしまったので。
ここのナーサリーは他にはない種類のバラがあったり、バラ専門とあって何より状態がよい。元気。
値段も手頃なので気に入っている。
家に戻って巣を見てみると、なんと巣にはヒナが1羽しかいない。
巣の縁に立っていた。
お腹ももう、オレンジ色になりかけている。
立派!
私が外に出た時にちょっと脅かしてしまったか、この後この1羽も飛んで行ってしまった。
あと2羽は無事だったのかまわりを見てみると、裏の家との間のフェンスの下に1羽が死んでいるのを見つけた。
フェンスにでも当たってしまったのか、ほかの鳥やリスにやられてしまったのか、つつかれたような傷はなかったけれどもう死んでしまっていた。
残念がっているところに、もう1羽を発見。
親鳥と一緒に飛ぶ練習中だった。
もうかなり慣れてきたようで、途中親鳥が餌をあげたりしていた。
最後の1羽も合流できたかな。
晴れ間が見えると、一人黙々とタンポポ撲滅運動。
(この場合の運動はキャンペーンではなくて、エクササイズの方)
毎日毎日、取っても取ってもまた次の日も花が咲いている。
3年前とおんなじ場所に巣を作ったロビン。
いつの間にか卵がかえり、ヒナが3羽。
親鳥はせっせと餌を運び、餌が来るとヒナが揃って口を大きく開けて背伸びをする。
最近は、ヒナ達の声が大きくなって来て、庭にいると親鳥が帰ってきたのがすぐにわかる。
大きいよなぁ、口。
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義父母が施設に移った後、だんなも行き、義姉も行き、義兄も面会に行っているが、義父は眠っていることが多く、義母は未だになぜそこにいるのかわからないらしい。
おまけに、息子であるだんなのことを怒っているようで、看護師の話によると
「今度来たら(頬を)平手打ちしてやる」
と言ってたらしい。
一番近くにいて、一番いろいろ助けてあげたのにそれはないよ。
かわいそうなだんな。
前回の日記について、励ましのメールを下さった方々
どうもありがとうございました。
抜粋して書いているので、意外にあっさりと義父母の施設行きが決まったみたいな感じがするかもしれないけれど、実は本当に長い道のりだった。
今回は「危機」という状況で、手続きがポンポンと上手く進んだけれど、こういう危機的な状況に直面しなければ、施設に入るのに4~5年は待たなければならないらしい。
(結局は施設や状況をジャッジするエージェントも、危機的状況までは何もしてくれないのと同じ)
義母が施設に行った当日、義姉が一緒について行ったので、義父と対面した時の様子を後で教えてもらったら、義父は義母の頬を両手で包むようにして顔を近づけ、涙を流したらしい。
二人とも泣いて、その後しばらく手を握っていたのだそうだ。
けれどもやはり、義母にはこれからずっとそこで暮らすと言うことが理解できてなくて、自分の住所を何度も繰り返しつぶやいていたらしい。
結局その夜は施設の方から電話があり、義母が悲鳴をあげたりしているので鎮静剤をあげてもいいかと聞いてきた。
鎮静剤をあげた後にはだいぶ落ち着いたようだけれど、次の日も日に何度か薬をあげているのだそうだ。
義父はと言うと、そんな義母を少しうっとうしく思うのか頭を抱えてしまっている。
もう殆ど言葉が出ず、YesかNoの返事(しかもYesであってもNoと言うことの方が多い)しかしない義父には、義母が何度も同じことを繰り返し聞いて来たり、大声を出してしまったりするのは、うっとうしいのかもしれない。
義母の方だって、義父がそんなに病状が悪いと思っていない(というか、言っても忘れてしまう)から、悪くは言えない。
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昨日は母の日。
と言うことで、家族でランチへ。
確か去年も母の日ランチはここだった。
ビーチ沿いにある、Hutch's。
比較するものがないからなんかものすごく大きく見えるけれど、これ、お皿はすごく小さいの。
これでSmallだけど、十分お腹いっぱいになる。
はっきり言って、フレンチフライは多すぎるくらい。
お天気もよくて、とてもよい1日だった。
義父が倒れてから1カ月。
行き先の施設が決まったのが2週間前。
すぐにでも入れるはずだったのに、施設の方で何か病気が流行したので1週間見合わせ。
その1週間後にはインフルエンザの流行で見合わせ。
そしてやっと、今週の火曜日に義父は施設に入ることができた。
様子は、病院にいる時と変わらないらしい。
家に帰りたいとは言わないし、話すこと自体、言葉が見つからないからかあまりしなくなった。
火曜日に義父が施設に入ることが決まった時、同時に心配事が増えた。
続いて義母を同じ部屋に入れるわけだけれど、どうやって連れて行くか。
これまで病院を嫌って、11年前に義父が入院した時もお見舞いにさえ行かなかった義母。
その後、緑内障が悪化して片目は全く見えなくなった。
その頃から外出と言えば義父の運転する車で、義父の日課であった散歩に、高台の見晴らしのいい公園に行く程度。
それでも自分が歩くことはあまりしないで、車の中で待っていることが殆どだった。
義父が運転をしなくなってから、義母は庭に出る以外、外には出ていない。
そういう人を、連れ出すのは無理なこと。
最初は、だんなと義姉が当日に、義母に
「お父さんに会いに行こう」
と言って連れ出して置いてくるという計画だったらしいけれど、それじゃあ義母が子供たちを恨むよなぁ・・と心配だった。
持って行きたいものだってあるだろうし。
私は何も言わなかったけれど、それがすごく心配だった。
結局、義姉が、
「お父さんはもう帰ってこれないから、私設に入るんだよ。お母さんも一人でここにはいられないし、お父さんと一緒に施設に住むことになるんだよ」
と義母に伝えたらしい。
義母は、一時はそれを素直に受け入れて、
「何を持って行こうか」
と自分から言ったりしていたらしいが、やはり認知症のせいで現状を理解できない様子。
「嫌だ」
とはっきり言ったり、
「お父さんを連れ出して、連れて帰って来ちゃおうよ」
なんて子供みたいなことを言ったり。
日が進むにつれて感情がジェットコースターのようにアップダウンが激しくなり、泣いたり、怒ったり。
自分が食べていたチョコレートを残して、
「お父さんに会ったらあげるんだ」
と紙に包んで取っておいたり。
義母は今日施設に行くことになる。
昨日は実家で最後の日と言うことで、私もJ.C.もみんなで一緒に、義母の好きなフライドチキンを食べた。
私が夕飯後の後片付けをしている時、だんなが別の部屋で泣いているのが聞こえた。
堰を切ったように、声が出るほど泣いていた。
いつもは自分が泣いている義姉が慰めていたので、私は行かなかった。
なんて言ったらいいのか、わからなかったというのもある。
義母がテレビを見ていたので、隣を指差し
「ここに座っていい?」
と聞くと
「ダメ。ここは××(だんなの名前)が座るから」
と言われた時には、驚いてしまった。
普段だったら
「いいよ。お座り」
と言うはずなのに。驚いたと同時に、なんだか急に私も悲しくなってしまって
「O.K. O.K.じゃあ、××呼んで来るからね」
と言って部屋を出るしかなかった。
なんだか義母は、その日はいつも以上にだんなを呼び付けていた気がする。
だからだんなもたまらなくなって泣いてしまったのかもしれない。
ダイニングに戻って義姉やだんなと話していると、義母が何やら喋り出し(最近は殆どドイツ語なのでなにを言っているのかわからない)、子供のように泣く声が聞こえて来て、私も堪え切れなくなって泣いてしまった。
そんな風に、誰かが泣いては誰かが慰め、涙を拭いて立ち直る。昨夜はそれの繰り返しだった。
映画「わが母の記」を見たけれど、義母はまさにあんな感じ。
子供たちやその家族をいつも気遣って、子供たちの好きなものや大事な思い出は忘れていない。
今日の朝、患者輸送車(救急車みたいな車で、患者を家から病院、病院から病院へ移す時に使われる)が来て、義姉に付き添われて義母が家を出ることになっている。
時間的には既に、もう義母は施設に行っている頃。
義父と義母、どこまでお互いをわかりあえるかわからないけれど、また一緒に暮らすことができる。
義父は未だに入院中。
結局、家には戻れないらしく、残念だがそのままケア施設行きとなる。
入院してからと言うもの、少しずつまた認知症の症状は重くなって来ているようだし、誰が見たって家で過ごすのは無理なのだろうと思う。
二人の認知症をみるには、たぶん誰かが住みこまなければならない。
そして、24時間体制で見ていなければならないから、1か月でものすごくお金がかかる。
保険や、老人ケアの団体、私設ケアなどを駆使してサポートすることもできなくはないが、1週間に何時間、1日に2時間までと決まっていたり、そうなると人が入れ替わり立ち替わり出入りするわけだから、本人たちも混乱するだろうし。
義父がまず施設に入り、そのあと義母も同じ施設に・・・となるようだけれど、義母がどう反応示すことやら。
睡眠薬とか鎮静剤とかあげないと、まず言うこと聞かないだろう。
義母の頭の中は割としっかりしていて、自分と繋がりある人のことは誰がどこにいると言うのも全て覚えている。
だから、私がいる時は「Jは大丈夫?一人で家にいるの?」と心配するし、義姉がいる時は義姉の夫や子供たちを心配する。
けれども、20年前に亡くなった自分の姉がまだ生きていると思ったり、3分前に言ったことは忘れ、何度も何度も同じことを繰り返し聞いたり。
機嫌の良い時は子供みたいに笑い、はしゃぎ、嫌なことも子供みたいに泣いたりわめいたりして嫌がる。
とても社交的なので、たぶん私設に入った方が楽しいのだろうと思うけれど、子供たちのことを恨むだろうな・・・・。
私は私ができるだけのことはやっているけれど、うちはたった3人家族でも普通に機能していないことが不安だったりする。
「こういう時だから言ってはいけない」とがまんしていろいろと心に貯めていたけれど、昨日はちょっと爆発してしまった。
以前の私ならば、こういう場でぶちまけて、わかる~っていうコメント貰って鬱憤を晴らせたけれども、そういうのが実際には読んだ人の気持ちを悪くさせていると気づいてから、それもできないし。
でも言えるのは、家族の問題って家族にしかわからないもの。
だから、代わってあげることはできないし、さらにどこかに必ずしわ寄せが行く。
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昨日は20℃越え。
たっぷりと外に出て、庭の手入れ。
掃除をし、花壇の土を掘り起こし、エッジをきれいにして、伸びすぎたアイビーをバサバサと取り払う。
どうも、バラが2本だめになってしまったみたい。
ブリーディングハートも、デルフィニウムも、アジサイも芽を出し、後は大丈夫そう。