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カナダのオンタリオ州H市よりお届けしています
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Profile
HN:
Yoshie
性別:
女性
職業:
ヴィンテージ雑貨店店主
趣味:
ヴィンテージ雑貨収集、アンティーキング、ガーデニング
自己紹介:
カナダのオンタリオ州H市在住。
だんな(夫・カナダ人)&猫2匹と暮らす。
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[03/14 けいちゃん]
また一時帰国の話に戻そう。

行きのフライトは楽だった。
たっぷり寝れたし、ご飯も割とまともで結構食べれた。
左端2席の窓際だったのでゆったりしてたし、後ろは赤ちゃん連れのママさんだったけれども赤ちゃんがおとなしくてほとんど泣かなかったし。

ただ、私の隣の若者(日本人。ワーホリ帰りか?)が大きめのバックパックを上のコンパートメントに入れりゃいいものの、足元に置いてたのよ。
私がトイレに立つ時、それを跨がないといけなかったのよ。
その若者も自分の足が前のシートの下に入らないわけで、私の領域に進出してくる。

最近、持ち込みの荷物が大きすぎたり多すぎたりする人がすごく多い。
ルールとしては、大き目の手荷物に、小さなバッグが正しい。
大き目の荷物は小さなスーツケース(日本でいうキャリーケースというやつ)も含まれるけれども、サイズの規定がある。
帰りの便で、この小さいスーツケースがサイズ拡張されているのを見た。
小さいのでは見たことがなかったけど、預け入れのスーツケースだとよくある、ジッパーを開けるとサイズが拡張(厚みが出るように)されるようになっているやつ。
小さいやつでそれって、絶対サイズオーバーでしょう。
よくチェックインカウンターの前にある、「これに入った荷物はOKよ」って言う目安になるやつ(サイザーというらしい)に入れたら絶対入らん!

みんながそんななので、コンパートメントがいつも一杯になってしまう。荷物置き場の争奪戦になる。
エアカナダではゲートかチェックインの時に手荷物をここでタダでチェックインできますよって言ってくれる。
なので私は最近は、それでキャリーケースをチェックインしちゃう。
コンパートメントに入れるのも大変だし、目的地に着いてから入国審査までの間も身軽でいいし。

と、話がなかなか先に進みませんが。

羽田に着いたらJ.C.が迎えに来てくれていた。
ガールフレンドも一緒だった。
写真では見ていたし、電話で話もしたことがあったし。まあ、思っていた通りかな。

ここから2人が電車でアパートまで連れて行ってくれたのだけど、いやぁ、横浜、結構遠いわ。
実家に帰るのと結局同じくらい時間がかかる。
おまけにちょうど帰宅ラッシュ。
私は途中汗だくになり、クラクラしながらただひたすら彼らに着いて行った。
荷物は持ってもらったので、ただひたすら。まだー?と思いながら。

最寄りの駅から、荷物があったのでタクシーで。
タクシーだと500円、600円の距離だけれど、坂を登るのよ。
荷物がなくても辛そうな坂。
やっとアパートに着いて、お風呂に入れてもらい、リクエストしていたエビスビールを飲みながら夜中過ぎまであれこれおしゃべりした。

その時はビールも飲めたのねぇ。2缶も飲んだんだわ。
あれが最初で最後のエビスだったかね。



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おトキさん、おめでた。
よかったねぇ。
本当にばけばけ、いいドラマだ。
カメラの撮り方とかも、今日なんてハンディなのを使っていたようで生々しさが伝わってよかったなー。
もちろん演技する2人も良かったけれども。

朝練の日。
もうすっかり元通り。
問題なく1時間泳げるし、今日なんて一時は5人になって大変だったのに、それでもリラックスできて最後は心踊ったわ。

そう言えば月曜日。
久しぶりにデブマッチョに会ったら、
You are back! I missed you.
って言われましたわ。
大嫌いだったあいつにそう言わしめてしまった私、只者ではありませんわよ。
今じゃ、ちゃんとGood morningとか Hiとかあいさつするし。
(私も途中から、なんでこいつに敵対心を持っているんだろう?とわからなくなっていた。ただ単に慣れたというのもある)

敵は作らないようにしよう。
最近は新参者が多いプールだけど、そう思いながら頑張っている。

新参者の1人、若い男性で腕に結構タトゥーが入っている人がいるんだけど、その方、気がついたら片方の足がなかった。
足首と膝の間くらいから下がなかったの。
それでもめっちゃフレンドリーで、もたもた泳いでいる私にもとても親切で、いいやつ。
今日なんて、その人がFastレーンに移ってそこが1人きりだったから「こっちに移れば?」って声かけてくれたし。
こんな風に誰にでも接することができたらいいよなって思った。
そうしたら、喧嘩も戦争も起こらない。きっと。

朝練を終えて家に帰り、急いで髪を乾かして、今度は友達と待ち合わせの場所へ。
私と彼女がよく利用する、スーパーの一角のカフェテリア。
日本でいう、イートインスペースか。
デリやカフェで買ったものをそこで飲食できるようになっていて、暇を持て余したイタリア人のご老人たちを始め、静かにコーヒーを飲んだりPCを持ち込んだりみんなそれぞれの時間を過ごしている。
結構席があるので、過ごしやすいのよ。

私は待ち合わせよりも10分くらい早く行って、コーヒーとマフィンを買って朝食の第2弾を摂った。
朝練の日は出かける前にちょこっとシリアルを食べて、戻ってきてからパンを焼いて食べたりするけれども、その時間がなかったから今朝はマフィンで。
たまにはこうして1人で外食(っていうほどのものではないけれども)もいいなと思いながら。

程なくして友達が来て、2時間ちょっとしゃべりまくりでした。
それでも後になって「ああ、これが話したかったのにな」って話忘れたことを思い出して後悔したりする。

===

今回の時差ボケが酷くて、あと2時間なんだけれども如何にもこうにも治らない。
朝は2時3時に目が覚めてもまた眠りに戻ることができるからいいとして、夜は7時過ぎから眠たくて仕方ない。
結局昨日も9時前にどうしようもなくてベッドに入ってしまった。
何とかこの週末で時差ボケを治そう。
ちょうど夏時間が始まるので、それだけでも1時間は縮まるし。



自分なりの実家仕舞いをしてきました。
簡単に言えば、実家に置いていた自分の荷物を引き上げてきたと言うことだけれど。
私の荷物はそんな大した量ではなかったけれども、
「この先もしかしたら日本に住むかもしれないからこのまま置いておこう」
っていう私のコレクション(しかもパイレックスなので重い)もあったりして、そこそこ重さはあった。

パイレックスのキャセロールやフリッジディッシュなど7点、
キャンディ・キャンディ1〜7巻、
母がまだ居た頃にもらった切手コレクション、
お雛様、などなど。

その辺が主なもので、あとは着物箪笥に入っていた私の浴衣、母にもらったコーチのリュックサック、滞在時に着るのに置いてきた服など。

それに加えて、本当は父や母が残した食器など分けて貰いたかった。
九谷焼の食器が結構あった。箱入りのものと、普段使いのものと。
が、全て兄に取られてしまっていた。

両親が集めていたこけしや土鈴など、ゆくゆくはもらおうと思っていたものは、すでに処分されていた。
私には何の確認もなかった。

どうなのかしらと思う。
家具とか大きなものは私に聞く必要はないとして、他のものって分けるべきものだと思う。
これはぜひ自分が欲しい、これはどうしよう?と相談するものだと思っていたら、勝手に決められていたようだ。

私はこの先、自分と自分の後の世代の為になるべくものは残したくない。
だから細々としたものはいらないからいいんだけどね、でも今考えると悔しい。

現金化できるものもあったし。
テレカなどのプリペイドカード類、金庫に入っていたピン札(結構あったのよ、古いものも含めて)。
話し合いの場があれば欲しかったものもいくつかある。
母が大事にしていた百人一首のセットとかもそう。

でも、最後はギブアップしました。
私が持ち出せるものには限りがあるし、時間にも限りがある。
あれもこれも取られたり処分されたりしても、私は怒らない。
怒る気にもならないし。
と言うよりも、実のところ呆れている。

そうまでして、欲しいのかな?
使わない食器をどうするのかな?
どこまで欲張りで独占欲が強いんだろう?
絶対にどこかで皺寄せがくる。
それが人間関係かもしれないよ。相手の気持ちを考えずに決め事をするわけだから、周りとは上手くいかないだろうな。

そんな中で私が貰ってきたものは、父が持っていた古いCanonのカメラ。
たぶん、そのカメラで撮った写真を家で現像していたんじゃないかなと思う。
それほど父はカメラが好きだったの。亡くなるまで、好きだった。

それから、父が大事にしていた腕時計。
思い入れがあったと思われる、古いSEIKOとアメリカ製の時計とボーム&メルシエの時計。
ボーム&メルシエは、取締役になった記念に買ったものだと思う。
買った時のこと、覚えている。

それから、何枚かの写真。

カメラは重いので、今回はJ.C.のアパートに置いてきた。
SEIKOの腕時計は、サイズをアジャストして電池を入れてJ.C.が今使っている。

そうやって今後も父の思いを受け継いでいけるものを貰えて、結果よかったと思う。
カメラと時計なんて、それこそ遺品としてふさわしいものじゃない?
しかも、実際に孫が使っているのがよい!
J.C.、時計を喜んで使っているよ。

食器なんて、たいして思い入れはないもの。
ピン札?いくらあったか知らないけどくれてやるわ。
私はその分、大事なものをもらったと言う確信があるから。




あの恐ろしい日々はなんだったんだろうかと思うほど、今はすこぶる調子がいい。
今日の朝練、見事にカムバック!
1時間泳げました。
途中、お水休憩は取ったけれども、長い時間は休んでいないのでほぼ普段通り。

カナダに戻ってきてから2晩くらいは夜中に咳が出ていたけれども、今は全然出ない。
咳で起きることはない。
日中も、咳は出ない。
階段の昇降をしても、辛いとは思わなくなったし。

思い起こせば、帰国中の80%は夜辛い思いをしていた。
咳で目が覚めたり、それで痰が出たり咽せたり。
寝てしまうと気管がヒューヒュー言って気になって眠れないから、上半身起こして寝た日もある。
そうしたって、1時間くらいしか眠れなかった。

最後の週末の土曜日、川崎のホテルに泊まっていた時なんて、もう寝不足と歩き疲れでクタクタだったのか、夜、J.C.の仕事が終わってからどこかで一緒にご飯を食べようってことになっていたけれども、私は参加できず。
だんなが1人で行ったわ。
私は3時にホテルにチェックインしてから、ずっとベッドの中だった。
食べる気もせず、コンビニで買ってきたサンドイッチを2切れ食べただけ。

どうも未だによくわからない。
治りかけの風邪をまたこじらしたのか、喘息だったのか。
ちょっとアップダウンのある道を歩くと、息切れがして、咳が出て。
駅でもなるべくエスカレーターやエレベーターを使い、ゆっくり歩いていた。

おまけに、ちょうどだんなが日本に来た日に、右の膝が痛くなった。
なんか攣る感じと、関節がゆるくなるような感じ。
それを庇って歩いていたら、今度は左の足裏が痛くなった。
そんなこんなで、毎日どこかしらおかしくなっていた。
膝は次の日には治ったけど、足裏は痛くてしばらく歩くのが辛かった。

だんなが来てから、喘息はさらにひどくなった。
(だんなのせいって言ってるわけじゃないけど)
たくさん歩いて、疲れたのかもしれないな。
疲れたのに夜は眠れず、疲れが取れないまままた次の日に持ち越し・・・。
そんなのが続いていたからかもしれないな。

そして最後の1週間は毎日使う喘息の吸引薬が切れてしまい、使えなかった。
それもいけなかった。
中身が液体ではなく気体なので、後どのくらい残っているかがわからない。
念の為に新しいものを用意していけば良かった。

考えてみたら、今までの一時帰国は実家を拠点に行動していた。
寒い日は家にいようとか、今日は家でご飯を食べようとかそう言うことができたし、実家に帰る限りお風呂に毎日浸かり、疲れをとることができていた。

食べるものだって、いちご1パック買って今日と明日で食べようとか、卵かけご飯とか、揚げ物買ってきてご飯と味噌汁と野菜を用意してとか、ホテル生活だとそう言うものが食べれない。
残念なことに、卵かけご飯を一度も食べれなかった。
いちごも、イチゴの入ったデザートとかケーキは食べたけれども、いちごだけって言うのは食べれなかったわ。

普段と違う生活だとか、重なった疲れとか、やっぱりよくないねぇ。
それにしても、いちごとTKGが食べれなかったのは大後悔だわ。

今回の帰国では少し1人になる余裕があったので、この際だからやっておきたかったこと
医者へ行くこと
を実行しようと決めていた。
カナダにいると専門医にはすぐに診てもらえない。
日本なら、実費ではあるけれどもすぐに診てもらえる。
必要なら薬だって処方してもらえる。
処方薬代はカナダにいても保険が効かないから同じだし。

そんなわけで、滞在1週目は泊まっているホテルの近くに医者を探して、受診することに決めていた。
実家にも割と近い辺りだったので、土地勘もある。

まず、産婦人科。
ここはあらかじめオンラインで予約を取ってあった。
ホテルから歩いて10分くらいの場所。
お天気も良かったので、散歩がてらにちょうどいい。
予約してあったとは言え待たされはしたが、新しいクリニックで設備も整っていて、女医さんで、納得のいく診察だった。
お会計を待っている間に、何か目がチカチカするなと感じ始めた。
待っているイライラと、窓の外を見ていたので眩しかったのかなと思ったけれども、その日ずっとチカチカというか何かが視界を邪魔するような感じがしていた。

ホテルに戻って調べてみると、飛蚊症らしい。
眩しい時とか、日差しの中で目を閉じたりすると見えたりする、アメーバみたいなやつ。
それも飛蚊症らしいけれども、その日に始まった私のは色がちょっとついていてとてもうざい。

なんでも、飛蚊症は網膜剥離の兆候でもあるらしく、それを読んだら
「これは、眼科も行くべき?」
となり、次の日は眼科へ行くことになった。

同じくホテルから歩いてすぐの眼科。
9時から診察開始というので9時ごろ行ってみると、もう既に待合室は座る場所がないくらい。
受付をして、待つこと2時間。
やっと検眼をして、診察室に通されたのが11時半。
やはり飛蚊症らしい。
「念の為にこのあと眼底検査をしましょう」と言われたけれども、近くに住む高校の時の友達とランチをしようと約束をしていたので午後からまた出直すことにした。

午後の診察は2時から。
実は行くか行くまいか、迷った。
飛蚊症とわかったなら、それでいいじゃん。あとは様子を見れば。
友達と会った後にホテルに戻ってゆっくりしようと思ったが、やはりどうしても気になった。
それで2時にまた眼科へ。
案の定、また多くの患者が待っていた。

結局終わったのが5時半。
眼底検査の結果、特に問題はなし。
飛蚊症は、加齢が原因。
治療はないし、薬もない。だんだん慣れていくでしょうって。
悲しかったわ、治らないのか。これでこれからの一生生きていかなきゃならないのか・・・。

次の日は耳鼻科へ。
田舎の耳鼻科なので空いていて良かった。
若い先生でとてもハキハキしている。慈恵医大から来ている先生らしい。
私の副鼻腔炎の症状を聞いて、スコープで鼻の中を診てくれた。

診て開口一番。
ありゃりゃりゃ

かなりひどい状態らしいです。
手術が必要。
おそらく好酸球性副鼻腔炎。
手術をしても、また再生する。
日本だと、難病。

ここまでわかっただけでも良かった。
ショックはショックだったけれども、これで点が線になったような、もやもやしていた霧が晴れたような気がした。

好酸球というのは、血液の中の火消し役。
アレルギー反応が体の中で起こると(火事)、好酸球が火消しに出動して、その火消しに回った好酸球が放つ物質が自分の粘膜をも傷つけてしまい、腫れや痒みが起こる。
そういう仕組みなんだって。

この好酸球の値が高いと、というか、アレルギー反応があったりするとこの値が高くなるらしい。
喘息も副鼻腔炎もさらにはアトピーも起こってるのは、好酸球の値が高いから。
最近アトピーも酷いからな。
納得がいった。

とにかく、これ、全部治療をしないとダメらしい。
ああ、どうなっちゃうの?私のカラダ。


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