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カナダのオンタリオ州H市よりお届けしています
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Profile
HN:
Yoshie
性別:
女性
職業:
ヴィンテージ雑貨店店主
趣味:
ヴィンテージ雑貨収集、アンティーキング、ガーデニング
自己紹介:
カナダのオンタリオ州H市在住。
だんな(夫・カナダ人)&猫2匹と暮らす。
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この1ヶ月くらい、集中して言えば2週間くらい、これからのことをいろいろ考えていた。
何も病気などせずに過ごせたとしたら、まあ80歳台まではこれから生きるだろう。
80歳になるまでに、あと20年ちょっと。
この20年ちょっとをどうやって生きるか(なんか大袈裟だけど)。

ちなみに、80歳からあとはボーナスみたいなもんで、のんびりできればいいやと思っている。
健康で長生きすることだけに集中して、笑って暮らせればそれでいい。
欲張らない。

20年って、短いよ。
生まれてからハタチまでが20年よ。
あっという間に終わってしまうよ。
その間に何がしたいか、どこに住むか、仕事や経済的なこと、いろんな課題があってそれを自分で決めていかなくてはならない。

どうにかなる、ではダメな気がする。
生まれてからハタチの20年はどうにかなるでもどうにかなるんだけど、60歳から80歳の20年はどうにかなるではまずいと思う。

20年間で私は何をしたいか。
もっと旅をしたい。
じゃあ、一体何回行けるのか?

大きな旅行を2年に1度としたら10回しか行けない。
経済的にキツくなるかもしれない。
後半は体力的にキツくなるかもしれない。

それに、私1人の問題ではなく家族もいる。
旅行だけでもこんなに大変そうなのに、そこにいろんな事が絡んできたら20年なんて本当にあっという間だと思う。

そんな20年で私は一体実家に何度行く事ができるか?
合計何日滞在するのか?

それを考えたら私には実家は要らないと思った。

J.C.がこのまま日本に住むことになり、結婚したりすれば、私とだんなはカナダに住んでいる意味がなくなる。
そうなるとおそらく、日本に移り住む。
そしたら尚更、実家は要らない。

どちらにしても、80歳までに終の住処を見つけなければいけないと思っている。
なるべく階段がない平家で、地の利が良くて、良い病院が近くにあって・・とかそういう現実的なことも考えながら決める最後の我が家はどこになるんだろう?

私の20年計画。
これから少しずつ煮詰めて行く予定。

書きながら、80歳があっという間に来るのだなと改めて考えて、実はちょっとビビってます。

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今日は、ultrasound 超音波検査の日。
8時間何も飲まず食わずで来てくださいと言われたので、昨夜は6時頃に夕飯を食べてから、8時過ぎにお水を一杯。それだけ。

朝起きて、喉が渇いていたのにお水も飲めないって辛い。
我慢して、終わった時に飲めるようにボトルにお水を入れて出かけた。

でも、おしっこ我慢するより楽かな。
いつだったか、超音波やった時はお水を1リットルくらい飲んで我慢して来て、って言われたからその通りにしたけれど、あの機械でぐりぐりやられたらたまったものではありません。

検査室に通され、30分ぐらいかかったかな。
大きく息を吸って、止めて。はい、リリース。
それを何度も、何度も。
あっちから、こっちから、上から、そして角度を変えて脇から。
なにか見つかったかね?

そして結果は3日以内にドクターのところへ送られる。
その場で知らされるわけではない。

日本と比べてみたのだけど、日本はクリニックに超音波の機会があって、医者が操作しながらモニターを見て「ああ、これがこうですね」って診察してくれるのよね?
こちらは超音波もレントゲンも設備が整ったクリニックで技師がやり、結果はファミリードクターに転送される。
診断はあくまでドクター。

技師が詳しく見て録画してくれるのはいいけれども、この1ステップが長い。
予約を取って検査までの日にち、それから結果がファミリードクターに送られ新たに診察の予約を取って行くまでの日にち。

ただはいいけれども、ただより高いものはない。本当です。

まぁ、でも今日は初めてのクリニックだったけれども対応は良く、よしとする。

終わったらなんだかぐったりで、何もやる気がしない。
あんまり疲れたので、少しだけ昼寝してしまいました。


その、猫沢エミさんのインスタグラム投稿から。
移住地のパリから一時帰国で誰も住んでいないご実家に立ち寄った時の思いを綴った文章。
(両親亡き後、そのままの状態を弟さんが管理しているらしい)

ー〝永遠〟と結びつけるべきものは、形がないものだけ。生も、死も、愛も、命も。

確かにそうだなと思った。
なんかこの一文にガツンときた。
だって本当だもの。形あるものはいつかなくなる。
言い換えれば、物が残らなくても、思いは必ず残る。

その文章の前置きとして、こんなことが書かれていた。

ー確かに家族の歴史がそこにあり、思い出も詰まっているけれど、家も台所もしょせんモノでしかなく、形あるものはいつか失われるのがさだめだから、無理に残さなくてもいいんじゃないかというのが私個人の意見だ。

実家相続問題に直面した私は、私の気持ちがどこにあるのか見失い、いろいろと迷っていたので、この日の猫沢さんの文章に背中を押された気がした。
結局は修繕が必要で、そうなると私の知っている家ではなくなってしまう。
父が大好きだった庭を眺められる廊下も、午前中の日差しが眩しいコンピューターの部屋も、いつかはそのままの状態を保てずに形が変わってしまう。

ー形としての家は残っても、暮らしていた人が去ってしまうと、その空間はあっという間に誰ものもでもなくなってしまう。

もうそこには父はいない。残っているものは例え父のものであってももう父が使うわけでもない。
やがては邪魔になり、捨てられてしまうかもしれない。
そして他の誰かのもので埋め尽くされ、父を思い出すものはそこには無くなってしまうかもしれない。

ー大丈夫なのだ。モノとしての家をいくら手放しても、思い出は心の中で色褪せることなく保管されるのだから。

そうなんです。
この家が私と関係がなくなったとしても、私は忘れることはない。
なんなら、昔のキッチンだって覚えている。
なんでこんな狭いキッチンにテーブルが置けたんだ?って今不思議に思うけれども、そこにはダイニングテーブルがあってそこでご飯を食べていた。
赤いフェイクレザーみたいなビニールクロス貼りの椅子があった。
私はその椅子(だったか、ハイチェアだったか)に座ってお箸を左手に2本一緒に握ってご飯を掬うように食べていたら、右手に持つのだと変えられた。
私はその時から食事の時の左利きは辞めた。
私の歴史が変わった瞬間はそこで起こった。←大げさだけどな

いろいろと葛藤もありましたが、こんな名言のおかげで私の道が開けた感じがしました。
なんなら、ブルース・ブラザーズが立ち寄った教会で、牧師のジェームス・ブラウンに
Do you see the light?
と聞かれるあのシーン。
あんなふうに光がスーッと差し込んできた気さえした。←かなり盛ってるけどな

そうして、きちんと実家とおさらばすることを決めた。
これから一時帰国の時は、私は彷徨うジプシーとなる。
どうにかなる。大丈夫。

※勝手に引用してすみません。が、全てが名言だと思いました。


読みたいなと思っている本があって、Amazon Japanで検索して、カナダまでの送料を調べてみたら4000円以上になっていてぶったまげた。
前回調べた時に高くなったと思って注文をやめたけれども、その時よりさらに高くなっている。

どうやったら本1冊に4000円の送料がかかるんだか。
それがFedexとか超早い発送方法ならわかる。
どんな方法なのかわからないけど、アマゾン海外発送プレミアムって書いてあって、選択肢はそれしかない。選択不可能。

ちょっと日にちがかかってもいいから安いのないの?
Amazonも不便になったものである。
そういえば、カナダのAmazonもしばらく注文してないな。
探し物があっても比べてみると結局ほかのサイトの方が安かったりして、買う機会がないまま。
一人客を失ったな、Amazon。

読みたかった本というのは、猫沢エミの本。
どれでもよかったのだけど、彼女の家族を書いたエッセイ本。

名前は知っていたけれども、猫沢エミに出会うきっかけがなかった。
猫が好きな作家さん?くらいしか、知識がなかった。
それが、昨日、私のインスタグラムのフィードに出てきたものを読んで、なんか「ああ、そうだよな」って思ってしまった。

少なくとも私と共通点が二つある。
海外在住(彼女はパリだけれども)、そして猫2匹を飼っている。

インスタの文字数には限りがあるけれども、その中で書かれたエッセイのような文章が読んでいて心地よく、いいなと思った。
もっと知りたいなと思ったのです。

心がポキポキ折れて枯れ枝のようですが、持つべきものは友だと思います。
ここにこうして書いて読んでもらえるだけで、気分が晴れる。
たまには毒も吐きますが、なるべくそうはしないようにしている。
今回、その毒を吐き出せないので治りが遅いのです。

遺産相続って、難しい。
1人であろうと2人であろうと5人であろうと、それぞれに難しいし、面倒くさい。
うちは子供1人なので分けるという問題はないけれども、それ以上に問題は残したくない。
なので、終活です。日頃から終活。
そして断捨離。
でもキティちゃんの下敷きは捨てられない。
きっと見つけられて、笑われるだろうな。

そういえば昔。幼稚園の頃。
柄付きのティシュが当時色々あって(なんで今ないんでしょうね?)、それを交換し合うのが流行っていた。
花柄だとかキャラクター柄だとか、ピンクだとかブルーだとか。
自分のコレクション(1枚ずつ折りたたんで重ねてある各種の柄付きティッシュ)からダブっているものやあげてもいいものを他の誰かのものと交換する。
これあげてもいいよ、じゃあ私はこれあげる、というように。

取引だ。ディールだ。
幼稚園の頃から私たちは取引していたのですね。
中にはポケットがパンパンに膨らむほどティッシュのコレクションがある子もいて、そういう彼女は強いていえばディーラーか。

そして、
「すごいでしょう。こんなのもあるんだよー。香り付き」
と新しく入手したものを自慢する。
「わー、それ欲しい!譲って、譲って!」

じゃあ、普通の2枚と交換ね。

と言っていたかどうかは覚えていないが、想像を巡らすうちにおかしくなってきた。

大人になって、あまり交換することってない。
あげたり貰ったりすることはあっても、交換するものがないなぁ。
男子はトレーディングカードとかあるけどな。
女子で交換が流行るものってなんだろう?




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