自分なりの実家仕舞いをしてきました。
簡単に言えば、実家に置いていた自分の荷物を引き上げてきたと言うことだけれど。
私の荷物はそんな大した量ではなかったけれども、
「この先もしかしたら日本に住むかもしれないからこのまま置いておこう」
っていう私のコレクション(しかもパイレックスなので重い)もあったりして、そこそこ重さはあった。
パイレックスのキャセロールやフリッジディッシュなど7点、
キャンディ・キャンディ1〜7巻、
母がまだ居た頃にもらった切手コレクション、
お雛様、などなど。
その辺が主なもので、あとは着物箪笥に入っていた私の浴衣、母にもらったコーチのリュックサック、滞在時に着るのに置いてきた服など。
それに加えて、本当は父や母が残した食器など分けて貰いたかった。
九谷焼の食器が結構あった。箱入りのものと、普段使いのものと。
が、全て兄に取られてしまっていた。
両親が集めていたこけしや土鈴など、ゆくゆくはもらおうと思っていたものは、すでに処分されていた。
私には何の確認もなかった。
どうなのかしらと思う。
家具とか大きなものは私に聞く必要はないとして、他のものって分けるべきものだと思う。
これはぜひ自分が欲しい、これはどうしよう?と相談するものだと思っていたら、勝手に決められていたようだ。
私はこの先、自分と自分の後の世代の為になるべくものは残したくない。
だから細々としたものはいらないからいいんだけどね、でも今考えると悔しい。
現金化できるものもあったし。
テレカなどのプリペイドカード類、金庫に入っていたピン札(結構あったのよ、古いものも含めて)。
話し合いの場があれば欲しかったものもいくつかある。
母が大事にしていた百人一首のセットとかもそう。
でも、最後はギブアップしました。
私が持ち出せるものには限りがあるし、時間にも限りがある。
あれもこれも取られたり処分されたりしても、私は怒らない。
怒る気にもならないし。
と言うよりも、実のところ呆れている。
そうまでして、欲しいのかな?
使わない食器をどうするのかな?
どこまで欲張りで独占欲が強いんだろう?
絶対にどこかで皺寄せがくる。
それが人間関係かもしれないよ。相手の気持ちを考えずに決め事をするわけだから、周りとは上手くいかないだろうな。
そんな中で私が貰ってきたものは、父が持っていた古いCanonのカメラ。
たぶん、そのカメラで撮った写真を家で現像していたんじゃないかなと思う。
それほど父はカメラが好きだったの。亡くなるまで、好きだった。
それから、父が大事にしていた腕時計。
思い入れがあったと思われる、古いSEIKOとアメリカ製の時計とボーム&メルシエの時計。
ボーム&メルシエは、取締役になった記念に買ったものだと思う。
買った時のこと、覚えている。
それから、何枚かの写真。
カメラは重いので、今回はJ.C.のアパートに置いてきた。
SEIKOの腕時計は、サイズをアジャストして電池を入れてJ.C.が今使っている。
そうやって今後も父の思いを受け継いでいけるものを貰えて、結果よかったと思う。
カメラと時計なんて、それこそ遺品としてふさわしいものじゃない?
しかも、実際に孫が使っているのがよい!
J.C.、時計を喜んで使っているよ。
食器なんて、たいして思い入れはないもの。
ピン札?いくらあったか知らないけどくれてやるわ。
私はその分、大事なものをもらったと言う確信があるから。
PR